Our Stories 01 水素漏れ検知センサ開発

Story 01究極のエコカー・FCVの走行性能と安全性を守る
「水素漏れ検知センサ」の開発を推進するイノベーターたち。

日本では世界に先駆けて量産型の燃料電池車(Fuel Cell Vehicle 以下、FCV)が開発され、水素社会の到来を印象づけている。
水素と空気中の酸素の化学反応によって発生させた電気の力で走り、CO2を排出せず、究極のエコカーともいわれるFCV。しかし、水素は可燃性で、濃度が4%を超えると爆発の危険性が高まる。人を乗せ、公道を走るためには、万全の安全が保たれなければならない。
日本特殊陶業では、センサ開発におけるアドバンテージを活かし、わずかな水素でも検知できるFCV搭載用の水素漏れ検知センサの開発に成功し、量産に向けて踏み出そうとしている。
プロジェクトメンバーによる量産開始までの挑戦のストーリーを追いかける。

市川:プロジェクト統括グループの一人。唯一の水素漏れ検知センサ開発当初からのメンバーで、開発から製造までを知りつくす。

井川:1998年以来、MEMS開発に携わる。当プロジェクトでは、センサの素子開発を担当。

鈴木:3年前からプロジェクトに参画。電子回路の設計を担当。

業界初の車載用センサ──
それは不可能への挑戦だった。

ゴールが見えない時、人はモチベーションを維持するのが難しい。しかし、それでも汗を流し、もがき続けていれば、ふいにゴールにたどり着くことができるものだ。

自動車業界で燃料電池車「FCV」の開発がスタートした2000年。日本特殊陶業も「水素漏れ検知センサ」の開発に着手した。社内には自動車用酸素センサなどのセンサ技術があり、さらなる活用の場を探っていたのである。

お客さまであるカーメーカーとの具体的な交渉が始まり、水素に関する技術開発に10年以上関わってきた市川、素子のスペシャリスト井川、回路設計の鈴木らが集められた。

水素を燃料とするFCVには安全性に関するさまざまな法規制があり、搭載するセンサも検出精度・耐久性など、条件は厳しい。
「ほかにはない優れた検知センサをつくるにはどうしたらいいか──」。
メンバーがまずこだわったのは、センサの方式だ。精度が高く、技術的に容易なのは、検知ガスを直に燃焼させる<接触燃焼式>だ。しかし、劣化が早く、耐久性にやや問題がある。そこで技術的に難しいが、温めたヒータを活用する、より耐久性に優れた<熱伝導式>を選択。もし、完成すれば、車載用としては業界初の製品となる。

「自分たちが作りやすいものではなく、クルマにとって良いものを」との思いからだったが、この選択の先に予想を上回る試練が待っていることを、メンバーはまだ知らなかった。

原子レベルの研究から、
オリジナルの新技術が生まれた。

<熱伝導式>のセンサは、水素が他のガス種に比して特異的に熱伝導率が高いことを利用している。ヒータに電力を供給し、一定の温度に保っておくと、水素は他のガスよりも多くの熱を奪う。ヒータを一定温に保つためにはより電力が必要となるので、水素濃度と必要電力には比例関係が成立するという性質があり、測定には、この性質を利用しているのだ。

この微細な変化を感知するのが素子だが、この開発が最初の難関だった。

素子の結晶には、小さな穴やつぶれなどができる。井川は、それらの欠陥については論文などで知ってはいたが、透過型の電子顕微鏡を用いることで、初めて目にすることができた。
困ったことは、その穴やつぶれなどがあると電気抵抗値が上がる。したがって、通電して熱が発生すると欠陥が整えられ、今度は電気抵抗値が下がる。これでは使い物にならない。
「素子が変化しないようにするには、規則正しい欠陥のない結晶を作るしかない」。
井川は、原子1粒1粒の乱れを実際に見ることによって正確に問題点を理解し、ここから欠陥を除去する手法を見出すことにより、センサに使える素子を作ることができた。

この素子は、オリジナルのMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術によって製造される。サイズはわずか横3mm×横2.5mmで、電力も小さく、メカニカルとエレクトロニクス技術の融合だ。
井川は、MEMS技術の立ち上げ以来、開発に関わってきたスペシャリストだった。
その技術を活かし、車載用として小さなMEMS素子を固定させたセラミック製パッケージを作り上げることができた。ここから、オリジナルの電子回路の開発へと続いていく。

微弱なマイクロボルト電圧をつかめるか?
回路設計の苦悩。

車載用の水素漏れ検知センサは、通常のセンサとは桁が3つも違うマイクロボルト(100万分の1ボルト)の電圧を検知しなければならない。とくに熱伝導式センサは、微量の電圧を検知するのが難しいと業界内ではいわれていた。
「技術的に不可能だ──」。
社内では、議論が白熱して口論になりかけた場面もあったが、市川は「理論値ではできる。できるはずだ」と言い続けた。カーメーカーから当社に依頼があったのは、長年のお付き合いの中で、センサ技術とセラミック技術への期待があったからこそ。採用されるかどうかの保証はなかったが、期待に応えるために「やってみよう」と、意思は集約された。

マイクロボルトの電圧を検知できる電子回路の開発が始まった。センサは車両のエンジンルームに設置されるので、電気や磁気などのノイズの影響を受けやすく、微弱な電気信号を読み取る障害になってしまう。
まず、試作の評価をするために、4%以下の水素を検知できる特殊な測定器を用意したが、早速メンバーは頭を抱えた。電圧が微弱なために、エアコンの風・温度・湿度・パソコンの作動など、さまざまな要因が影響して、測定値が安定しないのだ。
悪戦苦闘の末、センサの温度を切り替えて測定し、その測定値の比から外来影響を補正して水素量を算出する方法を見出す。

「水素が漏れた時には確実に信号を出し、漏れていない時には出さないことが、当たり前だが一番大事なことなんです」。
鈴木は、その後も発見される難題に答えを見出すべく、仲間と研究を重ねたが、カーメーカーへと持ち込む度に、新たな課題が見えてきた。

しかし、彼らの試行錯誤の結果、微細な電圧を検知できる回路設計がついに完成する。その中には、当社が誇るセラミック技術とエレクトロニクス技術を融合させた、新たなテクノロジーが光っていた。

長いトンネルからの脱出。
支えたのは信頼感と自負。

今回のプロジェクトを表現するならば、「高い壁」を越えるというよりは、出口の見えない長いトンネルを歩き続けるようなものだったろう。

出荷時期は決まっていたが、自分たちの製品が採用されるという確約はない。
しかも、検出精度100ppm、温度100℃、走行10万km保証という、高い要求だ。
そのような状況で、なぜ開発チームは挑戦し続けるためのモチベーションを維持できたのか──。

その一番の理由は、お客さまから寄せられた信頼である。
「正直、心が折れそうでした。でも、担当者の方はうまくいかない時でも、『じゃあ、どうしようか』と、辛抱強く付き合ってくださったんです」と市川は、当時を振り返る。

鈴木も、「お客さまは、絶対に僕らが失敗しないと思ってくれている。だから、僕らは失敗という実績を作ってはいけないし、期待を裏切れない。その思いをバネに、次のチャレンジに向かえたんです」。
長年、お客さまとは、センサなどのさまざまな製品でのお付き合いの実績があり、その中で築かれてきた信頼関係だった。

モチベーションを支えたもう一つの理由は、「自分たちが1から10まで作るんだ」という強い気概だ。新規の製品開発では事業化に至らないケースも多い中、このプロジェクトは、お客さまが見え、出荷年度も決まっていて、コアとなる素材や技術の開発から量産の工程まで、すべてに関わることができる仕事だ。自分たちが作ったものを世に出したい、という思いが皆を支えた。

鈴木が思い起こすのは、予定された出荷時期が近づいたころのこと。
「この技術を完成させるのは日特さんしかないんです」という、お客さまからの熱い言葉だ。
「よしっ!やろう!」
一同の心に再び火が点き、プロジェクトは一気にゴールに向けて加速したという。

量産化の課題を克服し、
真価を問われる次の挑戦へ。

開発の目途が立ったところで、さらなる課題が現れた。
実際に製造してみると、100ppmを検知できないセンサがあったのだ。電圧を変動させる要因が多すぎて、解明するのに時間がかかったが、段階的に要因をつぶしていくことで、やがて量産化できるようになった。

また製造されたセンサは1個1個、わずかだが性能が違う。出荷前には温度や湿度に対する特性などをすべて測り、調整する「合わせ込み」をすることで初めてセンサとして役に立つ。その工程が多いことが課題だったのだが、速く、安定した品質を製造できるように改善できた。

これまでの苦労を経て、メンバーがそれぞれに得たものがある。
「幅広い分野に応用できる素子のノウハウが蓄積できました。基礎技術のレベルをワンランク上げられたと思います」と井川。

鈴木も胸を張る。
「微小電圧を測定する回路技術を理論だけではなく、普段使わないような材料を使って実現できた。マイクロボルトの電圧検知センサを車載用に完成させたのは、当社の大きなアドバンテージです」。

プロジェクトを統括する市川も、同様に手ごたえを感じていた。
「素子、回路、製造の各部門に協力いただき、人のつながりも広がり、自分の知識も増えました。MEMSを使ったセンサとしては2種類目の製品ですが、次世代の自動車に搭載するという新しいコンテンツを確立できたのではないかと思っています」。
今回、センサとセラミックスのコア技術をベースに、新分野に挑戦することで、当社がさらに新しいコア技術を獲得した意義は大きい。

しかし、次の課題もすでに見えている。

FCVが普及するにはコストダウンが必須だが、小さな部品であるセンサもコストを下げていかなければいけない。場合によっては素材や技術段階からの見直しや、ゼロから考え直す局面が訪れるかもしれない。
その果てしない道のりを考えた時、意欲を持ち続けることは可能なのだろうか?
「大丈夫。うちのメンバーは、強いので」と、市川は笑う。
日本特殊陶業のイノベーターたちの挑戦は続く。