Our Stories 02 医療分野への進出

Story 02セラミックスの可能性を開き、
医療現場に貢献してきた人工骨の開発。

高齢化が進む中、骨粗しょう症による骨折や骨腫瘍などの骨疾患を持つ人が増加し、医療現場では骨の欠損部分を補填する人工骨や、代替骨が治療に用いられている。
日本特殊陶業では、セラミック技術を活かし、これまでに骨の無機成分に近い原料を焼結させた焼結型骨補填材や、欠損した部位に合わせて自由に形状を作れ、体内で硬化する硬化型骨補填材などをつぎつぎと開発。医療の最前線から信頼を得てきた。
そして今、さらに人の骨の特性に合わせた新たな人工骨の開発も進んでいる。

澤村:開発、ドクターとの調整、臨床試験などプロジェクト全体に関わる。

水谷:人工骨の素材開発と手術時に使う機器開発に携わる。

笠原:無菌性を保証する製造工程の確立、薬事審査の対応に関わる。

医療現場のニーズとともに展開してきた、
人工骨のラインナップ。

人の笑顔に繫がる仕事ができれば幸せだ──。

セラミック技術を活かして人々の暮らしや産業の発展に貢献したい、と願う日本特殊陶業が、人工骨を中心とする医療機器の開発・生産に進出した理由。それは、素材にこだわり、素材の力を信じて人々の笑顔に直接繫がるような仕事がしたい、という思いを形にするためだ。

当社は、骨移植が必要な患部に補填するセラミック系の骨補填材(製品名 セラタイト®)、骨の欠損部に注入し患部を修復・回復させる骨補填材(製品名 セラペースト®)、体内で吸収され骨に置き換わる骨補填材(製品名 セラリボーン®)、ジルコニア製の人工骨頭などを世に送り出し、医療現場から信頼を獲得してきた。

骨といっても、頭の骨と足の骨ではまったく構造も違えば求められる特性も違うので、医療現場ではセラタイト®、セラペースト®、セラリボーン®などを、部位や症状によって使い分けている。しかし、ドクターによっては同じ部位でも他のドクターとは異なる骨補填材を使うこともあるので、開発は簡単ではない。

「人工骨は、手術後に患者さまから喜ばれる素材であることはもちろん、手術時の使いやすさまで考えて開発をしなければいけない。トータルな技術力が求められます」。
プロジェクト全体を見てきた澤村の言葉だ。

また同じ素材でも、製造プロセスによっては必要な特性が発揮できたりできなかったりする。素材の力をフルに活かせる製造プロセス。これも当社の強みだと澤村は強調する。
「その意味でセラペースト®は、代表作ですね」。

焼成技術に頼らない、新たなセラミックス。

手術室でペースト状に練る時は固まらないが、手術時間を短くして患者さまの負担を減らすためには、体内に入れたらすぐ固まってほしい。だから、反応速度をいかに制御するかが最大のポイントだった。

セラペースト®は、リン酸四カルシウムと無水リン酸水素カルシウムの粉体と混練液を専用の注射器で混ぜ合わせてペースト状に練り上げ、そのまま骨の欠損部に注入。それが体内で固まって、骨と一体化する。
ドクターが骨の欠損部に充填するまでは柔らかく、体内に入れたら固くならなければいけないが、この固まる速度の制御が難しい。セラタイト®やセラリボーン®は、当社のセラミック焼成技術を活用して開発できたが、セラペースト®の場合、焼き固めるのではなく、患者さまの体内で化学反応によって硬化させるので、それまでの当社にはなかった新たな技術が必要とされた。

「開発途中には、設計した通りに固まらないという致命的な問題が発生し、いかにそこから原因を洗い出すかにすべてのエネルギーを注ぎました」。
素材開発を担当した水谷は、ひたすら実験を繰り返した。固まる速度を制御できなければ、理想の強度を出せたとしても役には立たない。化学の世界には固まる速度を制御できる候補物質は他にいくつもあった。だが、何よりも医療機器としての安全性を確保するためには、すでに安全性が確認されている既存の素材と添加剤をいかに配合するかを追求するしかなかった。しかし、粘り強い水谷の試行錯誤は、やがてその絶妙な答えを導き出すことに成功した。開発が始まってから、すでに季節が何度も何度も移り変わっていた。

入社間もない水谷だったが、素材開発とともに、粉体と混練液を混ぜ合わせてペースト状にし、そのまま体内に注入するための専用の注射器も開発している。参考となる製品がない中、いくつものアイデアを形にし、社内外から認められた経験が、その後の開発者として進む道を決めたという。

突き進んだ、
動物実験から臨床試験へと続く長い道のり。

素材ができたら動物実験による安全性の確認、さらには患者さまのご協力によって、実際の効果と安全性を調べる「臨床試験」という難関が待っていた。

製品の将来を決める臨床試験は、2000年に始まった。約2年間に渡り、東京大学医学部をはじめとする5施設で実施し、その効果を確認。「骨腫瘍掻爬部(そうはぶ)への補填」、「骨折部への補填」、「内固定材と骨との間隙部(かんげきぶ)への補填」を対象に、約80症例に対して適用を確認した。
その結果、「極めて有用」が82%、「有用」が15%、つまり97%の症例が「有用」以上の評価となり、極めて良好な結果となった。これで、ようやくドクター向けの新規医療機器としてのセラペースト®の開発・生産のめどが立った。

「臨床試験が始まると、実際に手術を施して患者さまの体で使っていただくことになるので、それはもうハラハラドキドキどころではありませんでした。製品には自信があったものの、毎日、夢に出てきたものです」。このころの澤村には、胃の痛くなるような日々だった。しかし、担当ドクターも根負けするくらいの執念をもって、臨床試験の成功に挑んでいたのも彼だった。

骨が弱くなっている高齢者の方が骨折すると、折れるのではなく潰れてしまうことも多い。その患部をもとの形に戻すと、そこが欠損した状態になってしまう。そこに骨補填材を充填し、骨が修復できると、生活の質(Quality of Life)を高めることができる。
臨床試験において、多くの高齢者の人生に貢献できることを証明できたことで、澤村たちのそれまでの苦労は吹き飛んだ。

菌ゼロを保証する確かな製品づくりから、
新たな人工骨の開発へ。

医療機器だから、とにかくどこまでも安全でなければならない──。
セラペースト®の無菌性を保証する工程の確立を主導した笠原の思いだ。
「一番力を入れたのは、無菌であることを保証できる製造工程づくり。次いで医療機器としての認可を得るための薬事審査への対応です」。

無菌性を保証する工程をいかに構築するか。
患者さまの体の中に入れる製品だから、製品に1個でも菌がついていたら、それが感染源となってしまう。笠原たちは、複数の素材や部品など、セラペースト®の構成品それぞれが無菌状態であることを保証するための製造工程を設計し、その工程条件が確かに守られているかを検証する仕組みづくりに全力を傾けた。
例えば粉体の入った注射器。粉体と注射器、それぞれ完全な無菌製品として完成させなければならない。またペーストを固めるための混練液が入った容器と粘度を調整する液体が入った容器に対しては、別の滅菌方法を採用した。2本ある注入針にもさらに別の滅菌方法で対処。これらがすべて無菌状態を達成することで、初めてセラペースト®という製品が成り立つのだ。
大変な労作業だったが、自らの力で成し遂げることができる工程づくりなので、苦労とは思わなかったという。

2005年5月、無菌の製造工程づくりは、厚生労働省の製造承認取得という形で身を結んだ。そして、市販開始からほぼ10年。大きく社会に貢献してきたという実感は、プロジェクトメンバーたちの心をさらに燃え立たせている。

「今、セラミックスという当社のコア技術を超えて、樹脂による人工骨の開発を推進しています」と、澤村。それは、ポリエーテルエーテルケトン樹脂(Poly Ether Ether Ketone 以下、PEEK)を使ったまったく新しい人工骨だ。
PEEKは、樹脂の中でも高い耐熱性を持ち、また耐薬品性に優れた材料として、工業的に広く用いられている。特筆すべきは、弾性率が低くて曲げ強度が高いという強靭な力学特性で、これが骨と非常に近いことだ。近年、海外メーカーを中心に人工骨としての製品開発も進められており、医療機器としての安全性も確認されている。課題は、PEEKは骨と結合できないという特性にあるが、骨結合性を与えることさえできれば骨にやさしい人工骨としてさらに広い応用分野が期待できるし、グローバルなニーズも取り込める。

「セラミック技術を活かしたこれまでの成功体験をもとに、樹脂による人工骨開発という新たなテーマに挑戦することは、当社の可能性をさらに広げることに繫がると考えています」。澤村の言葉に、水谷と笠原は、大きく頷いた。