Our Stories 05 バイデミックス開発

Story 05拡大する航空機市場にインパクトを与える、
まったく新しい工具、BIDEMICS誕生。

世界の空を飛びまわる翼は、ますます増えていく。
世界の民間航空機市場は、年率で約5%増加する旅客需要を背景に、今後20年間の市場規模は、約3万機、約4兆ドル程度と見込まれている。※
新たな航空機需要に応えるために、エンジンメーカーは、ますます多くの部品をより効率的に作らなければならない。
2015年10月。日本特殊陶業は、主に航空機のエンジン部品を、安定的、かつ、より速く切削できる工具、BIDEMICS(以下、バイデミックス)を発売し、市場を驚かせた。
これまでになかった新カテゴリーの工具開拓をなし遂げた、挑戦者たちの取り組みを追う。
※「我が国航空機産業の現状と課題」(平成25年3月 経済産業省)

小出:プロジェクトリーダー、日米でのマーケティングを担当。

勝、茂木:基礎研究、素材開発を担当。

杉本:試作品の作製・評価。

渡辺:機能評価、テスト検証を担当。

小村、豊田、黒木:量産化開発を担当。

航空機分野での貢献を目指した
新プロジェクト。

どうせ登るなら、高い山がいい。

日本特殊陶業は、1950年代後半から切削工具事業を展開している。耐摩耗性の高いセラミック工具や、微粒子超硬合金を活用した工具などを、次々と産業界に投入してきた。もちろん、航空機分野にも──。

「航空機のエンジン部品は、非常に複雑でしかも高価であり、工具の摩耗によって部品の品質に影響を及ぼすことは許されない。強さと硬さを兼ね備え、生産効率を上げることがいつも求められる」と、リーダーの小出は、航空機産業におけるものづくりの特性を語る。

航空機のエンジンに使われる金属は、おもに耐熱合金だ。700℃から、時には1000℃を超える熱に耐えなければならない。しかも、硬度が高く削りづらい。この特性は、切削工具にとっては難敵だ。まず、切削工具の刃物側に削りかすが溶着しやすい。また、溶着物が付いて剥がれる時には、微小な欠けが刃物側に生じ切削性能が低下する。「難削材料」と呼ばれるのはそのためだ。
現在、切削工具に使われているウィスカ材の場合だと、性能劣化を起こさないために、5分おきに工具を交換しなければならないものもある。

日本特殊陶業が注目したのは、まさにこの「難削材料」を容易に削ることができる新素材、新工具の開発だ。

航空機部品の切削において、従来比、2倍以上の性能を発揮できる工具の開発を目指して、プロジェクトが発足した。

新しいアイデアのために、
既成概念を越える原料と製法を採用。

高い目標の実現のためには、まったく新しい素材が必要だった。
その開発は、勝と茂木が担うこととなった。

「航空機のエンジンは、燃費を上げるために、燃焼温度がより高くなる傾向にある。また、エンジンの生産量も増加することが見込まれるので、生産効率のアップが必要だ。このため、これまでの素材の改良ではなく、まったく新しい素材の開発は必須だった」。

勝たちの選択は、セラミックやサーメット、あるいは超硬といった、これまでのものとは決定的に違う原料と製法を採用することだった。
しかし、工具材料やセラミックスも含めて、従来、使われていない原料と製法の採用に対しては、「それで本当にうまくいくのか」、という声がすぐに上がった。

二人の最初の仕事は、挑戦的なアイデアを周りに理解してもらうことだったという。

「考えていた新材料や新製法を使えば、成功するだろうとの自信はあった」と、勝は言うが、実際に試作品を作り、評価し、さらに市場ニーズを取り入れていく中では、想像以上の困難もあった。
「航空機エンジン用の工具には、強さ、粘り、耐熱性、硬さといった性能がどれも高くなければならない。何かを犠牲にして別の強さを高めることは許されない。すべての強さを、これまで以上に上げることはかなり難しかった」と、茂木は振り返る。

また、素材レベルでさまざまな特性を検証することも、簡単なことではなかった。この実験段階で、大量の試作品を作り、一つひとつ評価をしたのが杉本だ。
「原料の調製、焼成、加工、それこそ、数え切れない試作品を作ったと思います」と、笑う。素材としての基本物性は、杉本の業務がなくては特定できなかった。

評価の繰り返しの中から生まれた
ゴールのかたち。

試作品の性能を社内で評価する作業は、渡辺が引き受けた。

「プロジェクトが発足して以来、開発スタッフが持ち込んだ無数のサンプルを評価し、その中で優劣をつけ、改良していくプロセスを見ることができたのは、楽しかった」。
彼の仕事は、プロジェクトの進行にとって、道しるべとなった。

一方、試作品を実際の使用環境の中で評価することも、重要な開発プロセスだ。
「さまざまなメーカーに使ってもらい、そこでの評価と社内評価とのギャップをなくすために、社内の評価方法を見直し、新たな評価方法を開発した。まずは、自らの評価方法が正しいのかどうかという判断が必要だった」と、渡辺。

そこには、航空機におけるものづくりの難しさがある。
「航空機の場合、量産品の部品といっても、同じ部品が生産ライン上をずっと流れている、ということはない。一つの部品でも、上部を削ったら今度は下を削るというように、工具はいつも異なる条件で使われている。また、それぞれの部品の性能も違う。したがって、工具を実際に評価することは、本当に難しかった」。

まったく新しい分野への挑戦のため、予測できないこと、予測してもその通りにならないことの連続だったが、プロジェクトメンバーたちに、ようやくゴールが近づいてきた。
メーカーでの実機を使った試験において、先方の担当者たちを驚かせるような成果をあげることができたのだ。

想像以上の能力に、
その場にいた全員が驚いた。

「メーカーさんの依頼で、試作品のバイデミックスを持ち込み、実際の加工機械にセットして部品を削ることになった」と、小出がその時の様子を語り始めた。
課題は、従来より生産性を2倍に高めるために、2倍速く削ること。

当日は、加工機械側の制約もあって、最大約1.7倍の速度で回転させてみた。従来は15分かかって削っていたところ、8分ぐらいで加工が終わってしまった。しかし、試験的な加工とはいっても、部品は本物。何百万円もする高価なものだ。
「バイデミックスは加工機械の中で回転しているので、外から見えない。自信はあったが、先端が欠けてはいないか、設計通り削れているか、と不安を覚えたが、手に取って見るとまったく欠けていない。自信はあったが、これほどとは」と、感動した。

ところが、メーカーの担当者たちの驚きはそれ以上だったという。
「何だこれは」「どうなっているんだ」との声に、他の担当者も集まってきた。
今までの道のりを思い返しながら、小出たちは熱く説明を続けた。
この結果は、プロジェクトメンバー全員の心をさらに燃え上がらせた。
特に、量産開発を担当していた小村と豊田、黒木は、燃えないわけがなかった。

開発と量産に向けた生産技術、
互いに妥協はなかった。

素材開発者が作り上げたバイデミックス。機能評価やテスト検証を経て、いよいよ量産化というプロジェクト最後の関門に、豊田と黒木たちは挑んでいった。

試作品で作ったトップ品質。その高い性能を維持したまま、量産体制に持っていき、生産量をスケールアップしなければならない。
「当初は、絶望感しかなかった。本来の性能が出せるものは、1,000個作って1個もなかったのだから」と、量産を担当した豊田。

何度も評価を繰り返す中、豊田と黒木は、トップ品質のものを量産する技術を開発した。時には、開発者と意見が異なることもあったが、互いに妥協することなく、しかし同じ目標に向けて最適の生産方法を追求した。ついに、量産化の道が拓けた。
「バイデミックスは、素材自体が今までにない材料なので、これまでとは違う方法で量産化する必要があった。困難はあっても、まずはやってみよう。そして、当社の将来を支えるぐらいの新しい素材を作ろう、という気持ちは全員に共通していた」。

プロジェクトの成功は、メンバーや彼らの周りの人々が同じ方向を向き、困難な時も励まし合い、支え合うという企業風土が支えていた。
失敗の中でも成功へのヒントを見つけていく。そして、いつも前向きに挑戦を続ける。

バイデミックスには大きな可能性がある。また、さらに進化することも期待できる。
プロジェクトメンバーたちには、すでに次の目標が待っている。